心不全とは
心不全とは、心臓が全身へ血液を送り出す「ポンプ機能」が低下した状態を指します。
この機能が低下すると、全身に十分な血液が行き渡らなくなり、他の臓器にも影響が及びます。その結果、動悸・息切れ・呼吸困難・むくみ・疲労感など、さまざまな症状が現れます。「心不全」という言葉は病名ではなく、心臓の機能が低下した状態を指します。しかし、命に関わる状態であり、継続的な治療が不可欠です。近年では、高齢化や狭心症・心筋梗塞・弁膜症・高血圧といった原因疾患の増加に伴い、国内の心不全患者数が急増しています。
心不全の軽い症状
軽い症状としては、長く歩いたり階段をのぼったりするときの動悸・息切れ、足のむくみ、乾いた咳などが挙げられます。足のむくみが進行すると、靴が履きづらくなったり、靴下のゴムの跡がはっきり残ったり、なかなか消えないこともあります。こうした変化が受診のきっかけになることも少なくありません。多くの心不全では、静脈系に血液が溜まり、「うっ血」という状態が起こります。これが原因となり、上記のような症状が現れます。
心不全で進行した際に見られる症状
心不全が進行すると、短い距離を歩く時、あるいは身体を動かしただけでも動悸・息切れ・呼吸困難といった症状が現れるようになります。さらに進行すると、安静時にも上記のような症状が現れ、入院が必要となります。夜間、寝ている時に咳や息苦しさで寝付けない・目が覚めるといった声もよく聞かれます。身体を起こしている時の方が症状が和らぐというのは、進行した心不全の特徴の1つです。その他、疲労感・疲れやすさも、心不全の方からよく聞かれる症状として挙げられます。
心不全の前兆
心不全の前兆、兆しといったものは、特にありません。症状が自覚できる頃になると、心不全が進行しているというケースがほとんどです。ご自身で何らかの症状に気づいた時、労作時の息切れなどを指摘された時には、早めに当院にご相談ください。比較的気づきやすい初期症状としては、労作時の動悸・息切れが挙げられます。
心不全の原因
冠動脈が狭くなる「狭心症」や詰まる「心筋梗塞」、血管が脆く硬くなる「動脈硬化」、塩分の摂り過ぎなどによる「高血圧症」、心臓の逆流防止弁が障害される「心臓弁膜症」、心臓の筋肉に異常をきたす「心筋症」、拍動が速くなる・遅くなる・飛ぶ「不整脈」、先天的な心疾患など、さまざまな原因が挙げられます。すでにこれらの疾患と診断されている方は、心不全を発症しないよう、適切な治療を受けながら生活していくことが重要です。
心不全の検査
心不全が疑われる場合には、動悸や息切れをはじめとする症状の有無、既往歴・服用中の薬などについて問診します。その上で、以下のような検査を行い、総合的に診断します。
1聴診
心臓や呼吸の音を聴診器でチェックします。心不全の場合には、しばしば肺からの「パリパリ」「プチプチ」といった音が確認できます。また、心雑音がある場合には、心臓弁膜症などの病気を疑います。
2胸部レントゲン検査
心臓の拡大、肺のうっ血、肺に水が溜まっていないかといったことを調べることができます。通常、心臓は肺の約50%の大きさですが、それより大きい場合には心拡大と判断し、心不全の疑いが強まります。
3心電図検査
心電図の波形をもとに、狭心症・心筋梗塞・不整脈などの病気の有無を調べます。心不全による特有の波形はないと言われていますが、上記疾患を見つける・除外するために必要となる検査です。
424時間ホルター心電図検査
小型の心電計を24時間身に着け、日常生活の中で心電図を記録する検査です。通常の心電図検査は短時間の測定のため、異常が発見できないこともありますが、ホルター心電図は不整脈の発生タイミングや、運動時に狭心症の症状が現れるかどうかを調べるのに役立ちます。また、胸の痛み、動悸、失神などの一時的な症状の原因を特定するのにも適した検査です。
5心臓エコー検査(心臓超音波検査)
心臓の壁の厚み、弁の状態、ポンプ機能などを調べる検査です。心臓弁膜症の確定診断を行う際にも重要な検査となります。高齢者に多い収縮機能が保たれた心不全(HFpEF)というタイプの心不全の診断にも有効です。体への負担が少なく、リアルタイムで動いている心臓を観察できる唯一の検査です。
6血液検査
血液検査では、心不全の際に上昇するホルモンや、心不全の原因となりうる貧血などの内科的疾患がないかを調べます。脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)や、その前駆体であるNT-proBNPは、心不全の状態で増加するため、診断や治療効果の判定に役立ちます。
心不全の治療
原因疾患に対する治療
心不全は、さまざまな疾患を原因として引き起こされます。そのため治療においては、その原因疾患に対する治療が重要になります。たとえば、高血圧が原因である場合には、食事療法・運動療法、降圧剤を使った薬物療法を行います。心臓弁膜症・狭心症・心筋梗塞といった病気に対しては、手術が必要になることもあります。
心不全に対する治療
原因疾患に関係なく、心不全そのものに対する治療を行い、これ以上の心臓のポンプ機能の低下を防ぐことも大切です。
薬物療法
心不全の治療は、主に薬物療法を中心に行います。使用する薬剤は、心臓の収縮力が低下しているかどうかによって異なります。また、心不全の原因が虚血性心疾患、不整脈、心筋症、弁膜症など、どの疾患によるものかによっても治療方針が変わります。近年、心不全治療薬は日進月歩で進化しており、新しい薬剤の開発が続いています。かつて「不治の病」とされた拡張型心筋症の患者さんの生命予後も、大きく改善しています。当院では、心不全治療の経験が豊富な循環器専門医が、患者さん一人ひとりの病状や背景に応じた最適な薬物治療を提案いたします。
心不全治療薬の
主な種類と効果
ACE阻害薬/ARB/ARNI
血圧を低下させる薬剤に分類されます。心臓への負担を軽減し、心筋のリモデリング(異常な構造変化)を抑制する効果があります。近年登場したARNIは、心臓の収縮力が低下した心不全患者に特に有効性が認められています。
β遮断薬
過剰な心臓の働きを抑え、心筋への酸素供給を増やす効果や不整脈を予防する作用があります。収縮力が低下した心不全、虚血性心疾患、頻脈性不整脈の患者に適しています。
MRA(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)
血圧低下作用を持ち、一部は軽度の利尿効果も備えています。心臓への負担軽減や心筋リモデリングの抑制に効果的です。
SGLT2阻害薬
当初は糖尿病治療薬として開発されましたが、糖尿病の有無にかかわらず心不全に対する有効性が証明されています。現在では心不全や腎不全の治療薬としても広く使用されています。
外科的な治療
心不全が進行すると、心拍の安定や突然死を防ぐために、ペースメーカーや植込み型除細動器(ICD)を装着して治療を行うことがあります。また、心臓の機能を向上させるための治療として、心臓再同期療法(CRT)という装置を用いることもあります。
さらに、心不全が重症化し、薬物療法などの治療で十分な効果が得られない場合は、心臓移植を検討します。心臓移植とは、ドナーから提供された心臓を移植する手術です。しかし、移植を待機している間や、移植が困難な場合には、心臓の機能を補助する人工心臓(VAD)を装着し、低下した心機能をサポートすることもあります。心不全の治療は、年齢・体の状態・進行度・原因などを考慮して決定されるため、定期的な通院が欠かせません。医師に自分の体調や症状を正しく伝え、適切な治療を受けることが大切です。また、規則正しい生活習慣を心がけ、正しい知識を身につけることも重要です。医師や医療スタッフと適切にコミュニケーションを取りながら、治療に取り組んでいきましょう。